新月のサソリ

※主にショート創作話です※

再生


黒い霧が世界を覆う。
真昼の月に墨がり辺りは光を失った。草木の擦れる音だけが、近く遠く耳を惑わせる。
烏の眼が光った。
嘶いたのは馬ではなかった。あれは確かに天に向けた嘶きだった。
黒い翼を広げ、烏は不穏な風に雄飛し螺旋に昇った。

その先で電光が雲を引き裂き轟き落ちる。鋭光が刺した大地は震え、雨の飛礫つぶてが畳み掛ける。土が跳ね草は萎え立ち向かう枝は流され、それまでの痕跡の一切を洗う。
泡立つ大地に鉄柵だけが黒く立ち、雨を激しく打ち返す。


     ****  ****


何もなかったかのようにシャボンが虹色にくるくると輝き昇っていく。
空に微かな光が青白く甦る。
濡れた大地の割れ目から、打ちのめされたはずの草花が頭を持ち上げシャボンを見送る。
ピンクの雲のむこうに星が碧く瞬き始める。

淡く暮れゆく陽の玉に向かって、一羽の烏が鉄柵に羽を広げ高く鳴いた。
伸びた影は飛沫に揺らぎそのうち消えた。

やわらかな球体はふわふわといくつも天をめざし、還った合図に空を突く星々から同じだけの雪を落とした。
吐く息の白さが、この世界の在りようを物語る。

烏が高く帰っていく。まるで何もなかったかのように。


僕らは星々が落としたその白のまっさらな大地へと一歩を踏み込み、深く沈んだその跡に、遥か鼓動を確かに聞いた。
夜の懐に明日を育む地中の風を。
弾けたシャボンの無念の音を。