再生
黒い霧が世界を覆う。
真昼の月に墨が降り辺りは光を失った。草木の擦れる音だけが、近く遠く耳を惑わせる。
烏の眼が光った。
嘶いたのは馬ではなかった。あれは確かに天に向けた嘶きだった。
黒い翼を広げ、烏は不穏な風に雄飛し螺旋に昇った。
その先で電光が雲を引き裂き轟き落ちる。鋭光が刺した大地は震え、雨の飛礫が畳み掛ける。土が跳ね草は萎え立ち向かう枝は流され、それまでの痕跡の一切を洗う。
泡立つ大地に鉄柵だけが黒く立ち、雨を激しく打ち返す。
**** ****
何もなかったかのようにシャボンが虹色にくるくると輝き昇っていく。
空に微かな光が青白く甦る。
濡れた大地の割れ目から、打ちのめされたはずの草花が頭を持ち上げシャボンを見送る。
ピンクの雲のむこうに星が碧く瞬き始める。
淡く暮れゆく陽の玉に向かって、一羽の烏が鉄柵に羽を広げ高く鳴いた。
伸びた影は飛沫に揺らぎそのうち消えた。
やわらかな球体はふわふわといくつも天をめざし、還った合図に空を突く星々から同じだけの雪を落とした。
吐く息の白さが、この世界の在りようを物語る。
烏が高く帰っていく。まるで何もなかったかのように。
僕らは星々が落としたその白のまっさらな大地へと一歩を踏み込み、深く沈んだその跡に、遥か鼓動を確かに聞いた。
夜の懐に明日を育む地中の風を。
弾けたシャボンの無念の音を。
今日でgooを最後に。挨拶してきました。
今日でgooblogを始めて一年だったので、区切りとしてgooでの投稿は終了とし、さっき挨拶分をgooに投稿したのですが、公開ボタンを押すのを何度かためらってしまいました。
たとえ、たった一年でも、自分的にはなかなかの疾走感があり、何十年と書いてこられた方とは比にならないのだろうけど、やはり胸に来るものがありました。
不思議ですね。
私はほとんどコメントもせず途中からはリアクションも不具合で閉じていたのに、それでも来て下さる方々がいて、この一年私は支えられてきたんだと、あらためて思いました。
はてな にはgooからの人がたくさんいらっしゃって、放置していてもなんとなく安心感があるのですが、公開記事の文中に広告が出ないように編集するのが結構手間で、と言ってnoteはなんだかアウェイ感が半端なく、でも投稿はしやすいという、いいとこどりはできないのかなあ。
noteの下書き公開作業が終わる頃には、どちらを主にするか、どちらかだけにするか、全然別のところへ行くか、とにかく書きやすさと居心地の良さで探っていこうと思っています。ちなみに、noteへ下書きしたものをうまく修正してそれをコピペすれば、はてなでもうまく表示でき、文中に広告が入ることがないやり方を見つけました。
それはそれで、noteありきということにはなるのですが、まあ、おいおい記事を書きながら考えます。
最近こういう「どうするか」記事をgooで書いたり、noteの下書き公開も遅々としていて、あまり創作を載せれてないのが「引っ越しの荷ほどき」みたいで、歯がゆいです。
ひとつ、終わりました。
やっぱりさびしいですね。
夜明け前の公園
夜明け前の公園は雨に濡れそぼっていた。
公園は、打たれる木々を黙って見守り、ベンチに忘れられた文庫本を風が散らすのを、止めはしない。
それは静かにそこにある。それだけで良かった。
でも少し、色があるといい。気持ちがすこし、ほぐれるから。
陽が空を色づかせる頃、濡れた蜘蛛の巣がその粒立つ雫に輝き、これから始まる一日を受け入れようとしていた。
ぼくはひとり葉擦れの音に耳を傾け、世界がぼくを取り込んでいくのを不思議な気持ちで遠くから見ていた。
夜雨に沈んだ公園に朝が来る。
少しずつ、色が差す。
ぼくはただそこに在るだけで良かった。
沈黙に涙することも、裏切りや嘲りも、喉の奥にへばりついた泥のような哀しみさえ全部、何もかも全部、輝く蜘蛛の巣に絡めとられ、光に晒されていく。
大地が廻り影が伸びる束の間、街が鮮やかに甦る。
明けてゆく世界は何も言わず、ぼくにその行き先をあずけた。
夜明け前の公園はぼくたちを世界に送り出し、また同じ静けさで夜を包む。
でもそれは、確かなことではなく、ただ、そう願っている。
また同じ夜の静けさを、また同じ朝の輝きを。
木々に残った雨粒が枝葉を伝って駆け降り歓びを打ち鳴らす。蜘蛛の巣が幾何学に陰陽を篩わせ、一羽の鳩が白く飛び立つ。
また同じ夜の静けさを、そして朝の輝きを。
ぼくはそう願った。
更新が遅れている理由はこちら⇊
gooblog グダグダと言い訳をする - 新月のサソリ
春を待つ
畳の目をつるつると滑るように小さなクモが明るい陽射しの方へ歩いていく。
その庭先で雪冠の椿が、ぽたり、と一輪落ちた。
雪がやっと止んで春が近づき、なのにまた雪が降りと繰り返し、もうさすがにいよいよ、と思った矢先にまた降った。
この雪が最後になればいいと、晴れた午後に積もる白へ眩しく思った。
まるでぼくのこれまでを辿るかの このふた月ほどの季節の行き戻りを、このまま晴れていて欲しいと願わずにはいられなかった。
途中、畳のヘリに脚が引っかかってうまく進めないでいるクモを指に掬い、縁側の明るく光が射す場所にそっと降ろしてやった。クモは慌てて逃げるように、ぴょんっ、ぴょんっ、と何度か跳ね、そのまま緩い風にひゅっと乗って、あっけなく行ってしまった。
ぼくと、白い庭に赤く眠る椿が、静止画のように残され、時の中に埋もれてしまった気がした。
―――あのクモのように、風に乗れるだろうか。
尽きた椿の赤がぼくの目を釘付けにしたまま、眩い光になにもかもが吸い込まれてゆく。
また風が、今度はザッと強く吹き、木々の雪を散らす。ふと、陽射しにきらきらと降り落ちる視線の端で、縁側のふちをさっきのヤツらしきクモが、よいしょ、とこちらに這い上がってきた。
「なんだ、おまえ行かなかったのか」
ぴょんっ、ぴょんっ、と可愛らしく跳ねて板間を行くクモを、光が風を使ってチラチラと追う。
小さく跳ねる粒を見失わないよう、ぼくはこの景色を深く刻んだ。
きっと、このまま春になっていく。
note 羊の影
gooblogから来ました。
gooブログからの移行にて、当ブログでも引き続き
ショート創作話を中心に日記や写真などを載せたいと思います。
編集がまだうまく馴染めませんが、よろしくお願いいたします。
(リンク変更が途中なので、記事によってはgooblogに飛ぶかもしれません。)

別サイト note 「羊の影」
※2025,06時点では、どちらもほぼ同じ内容です。
(noteでの過去記事公開が遅れていますが、広告が気になる方はnoteをご利用ください。アカウントなしでもリアクションできます。)
芍薬の葉
シャクヤクが咲いた。
昨日スーパーの一画で売られているのを見かけ、蕾が大きく膨らんだものをふたつ買った。団地の自室に帰り、夜のうちに活けてしまえばよかったのに、疲れていたので、「明日でいいか、休みだし」と、水を張ったボールに買って来たそのままを浸け、シンクに放置していた。
甘い匂いに目を覚ますと、夜になっていた。
疲れたと言いつつ、昨夜はなかなか眠る気分になれず、横になればすぐに深く落ちるだろうに、その眠気に逆らい、だらだらとテレビを見て結局明け方に力尽きて眠った。疲れているときほど、こういう矛盾したことをしてしまうことがある。
キッチンへ行くと昨日のシャクヤクが、立てかけたシンクの仕切りにもたれ、薄紅の花びらを大きく開かせていた。どうぞ、とやさしく手を差し出し全てのものを受け入れるように、大きく、淡く。
芍薬は夜ひらくんだよ。
ひらくとき、とても甘やかな匂いを放ちながら。
うん、そうだね。もう、知ってるよ。
私は花を持ち、二本とも茎の半分くらいのところに鋏を入れ、茎と葉だけになった二本も彩として花と一緒に瓶に差した。
なぜか今夜の団地界隈はいつもの夜より静まり返り、まだ九時だというのに、深夜のようにしんとしている。子どもの声もドタバタもない。日常を忘れた団地を包む夜の中で、私はとんがった葉の先端を一枚ずつ、少しだけ千切っていく。
昔、庭師だった祖父が引退してから、家で花をよく活けていた。この時期だったのだろう、庭に咲いたシャクヤクを摘み、その葉先をつまんで千切っているのを、不思議に思って訊いたことがあった。
「どうしてそんなことするの? とんがったままの方がキュッと空に向かってカッコイイのに」
まだ小学校の低学年のころだったろうか。私にめっぽう甘かった祖父は、うんうん、と嬉しそうに頷きながら、説き伏せるみたいにやさしく言った。
「これはな、仏壇に供えるからこうしてるんだよ」
「ぶつだんに、そのままじゃいけないの?」
「とんがったままじゃあ、みんなが寄れないんだよ。トゲのあるものもな、仏壇には向かないんだ。丸くてやさしいものがいいんだよ」
もういないのに、とんがったものは駄目とか、変なの、そんなんで来れなくなっちゃうなら、バラが好きな人はどうなるの? なんかおかしいよ。
心の中でそう思いはしたけれど、祖父の優しく寄った皺を見ていると、幼心に言ってはいけない気がして、言葉にはしなかった。
黙っていたら、察したのか祖父が私に微笑んだ。
「芍薬はな、夜ひらくんだよ。ひらくとき、とても甘やかな匂いを放ちながら」
「アマヤカってなに? ハナチナガラ?」
「ちょっと甘いような、ふんわりした花のいい匂いがするんだよ」
「ふうん。でも夜はご飯のいい匂いでいっぱいだよ」
「ああ、そうか、そうだな」
そう言って祖父は声を立てて笑い、もうすこし大きくなったらな、と言ったが、その顔がどこか寂しそうに見え、けれど幼い私にその意味がわかるはずもなく、笑う祖父につられて一緒に笑った。
半年後、祖父は他界した。
私は処理をした花の瓶を持ってリビングへ行き、それを祖父の写真の前に置いた。
今日は祖父の月命日だった。
手を合わせ、写真に笑いかける。いつの間にか大人になって、何度か人の死を見送るうち、あのとき祖父が言っていたことが、少しは分かるような気がしていた。
「いい匂いだね。おじいちゃん、ちゃんと寄れてる?」
花がまた少し開き、仄かな香りが部屋中を渡る。写真の中の笑顔が、ふっと浮き出るような気配があった。
すこし、葉が揺れた、と思ったのは、気のせいだろうか。
シャクヤクが静かな夜の中に淡くひらくのを、ひとり、見ていた。
月が赤くそこにあった
泥を這う迷路の闇は眼を閉じた眩暈に似ていて、向かっている先が夜なのか朝なのかさえわからず、日々の些末な不安など大したことではなかった。
月が赤く染まっていく。まるで消えない炎を映し私を嘲笑うように、上弦を過ぎ膨らみかけた月が赤く、そこにあった。
・・・
誰もいない原野をひとりで歩いていた。平原は彼方まで続き、その先に暮れていくオレンジの玉が自分の魂みたいに思えた。沢山の中にいることの虚しさや寂しさを散々味わった。それでも僕はそこから離れられずに、自分の呼吸が浅く細くなっていくことからも目を逸らし続けた。
刻々と色を変え、沈んでいく空の残り火のような光を名残り惜しく見ていたけれど、本当は苦しかったんだ。僕が僕であるための大切なものが消えていくようで、苦しかった。
・・・
遠くから見るとその藤棚はモザイクの建造物のようで、近づくにつれ、広く高く、そして圧倒的な精気の匂いを放っていた。花を分けしばらく進むと、たわわに咲き垂れる花の下に仰向けに寝転ぶ彼を見つけた。私は薄紫に染まる彼を蝋燭の灯りで照らした。
体を起こして僕が振り返ると、彼女の後ろには蝋燭の炎を映したような月が、揺れる藤の向こうに見え隠れし、彼女を見守っていた。
彼が手招きをして私を呼び寄せ、並んで座る。ふたりで垂れそぼる薄紫の花を見上げた。淡く紫が照り、ひとひら、ふたひら、あちらこちらで、降る。
「今日、僕のオレンジの魂を見送ったんだ」
ぼんやりと彼は宙につぶやく。
「え、それじゃあ追いかけなくちゃ」
驚いたように彼女が僕を見る。
「いいんだ。もう沈んでしまったから」とうに諦めたような口ぶりだった。
「大丈夫。追いかけましょう」眼差しも淡く、けれど小さな炎が宿った。
私は蝋燭の火をさっきよりも強く吹いた。白い煙がするりと昇り私たちの行く先をさした。月が赤くそこにあった。彼女が立ち上がり、僕の手を強く引いた。
月が落としたアレスの馬でふたり夜を駆けのぼる。石碑に刻む文字は決めた。虚しさも寂しさも連れて行こう。瞬きはしない。カオスの沼に落ちてゆく闇の向こうに滾る泉を、あの月が教えてくれる。
遥か眼下に薄紫の天泣が夜を仄かに染めていた。
約束
ああ、あの街は夜を知らないんだなあ、ともう一度空へ視線を移すと、曖昧なその夜空で薄く人工的な虹がまるく、丁度お見舞いのフルーツの盛り合わせなんかの籠の取手のようにかかって、ぼくの街の両端を捕まえていた。
海と空の境も見えない暗い水平線の向こうに、なにがあるのかまだ知らなかった頃と、世界を見てしまった今と、どちらが幸せなのだろう。
まだ見ぬものを求める心はとても瑞々しくて、なにも知らない頃の方が自由で希望があったのでは、とこの頃よく思う。
ずっと同じリズムだった波が引いた。
夕方いつものあのヤドカリは浅瀬に隠れて夜を過ごすつもりだったのに、ぼくの眼を覗き込んだ彼は、何でもないことのようにぼくに言ったんだ。とんがった貝のお尻を暮れる空にツンと向けて。
砂浜に浅く残した彼の軌跡がぐねぐねと伸び、波打ち際で波がザッと平たく砂を均してヤドカリをさらった。
そんな夜もあった。もうずいぶん遠い。
ぼくは街の灯りを、曖昧な夜と同じくらい曖昧な眼差しで見つめ、あの日のヤドカリを思った。
あの街はぼくの夢を欲しがっている。いつか、もしまたここで彼と逢えたなら、街はぼくを放してくれるだろうか。
風が凪いだ。
寄せる波に光る浜辺をゆっくりと近づいてくるものに、ぼくはまだ、気づかないでいた。

